名古屋だがや


高校の時、ドラムの広田君が

名古屋のYAMAHAへ通っていた。

先生は、あの゛猪俣さん゛!!

すんごく羨ましかった。

そんで僕も親に頼んで

月に2回だけ習える事になった。

本当は4回だけど‥。泣

先生はS木A子先生。

どんぐり音楽会のピアニスト。

ポピュラーピアノを習ったが、

本当はJAZZが習いたかった。

まぁ、今考えれば順番があるわな。

それで、好きでもない

「シバの女王」とか「モア」とかを

ブンチャブンチャ方式で弾いていた。

JAZZ理論は、

綴じた資料を渡されただけで

説明は一切なし

分かるわけなかった。

ただ名古屋行きの楽しみはあった。

行きは名鉄で行く。

できるだけ一番前に陣取る。

犬山だかで、汽車が思いっきり

道路の真ん中を走るのが楽しかった。

レッスンは夕方なので

それまではパチンコ屋へ。

当時、高山は手打ちだったが、

名古屋は自動打ちだった。

お金が無いのでケチケチ打ちをする。 機械だけパンパン打たせといて

たまぁ〜に玉を入れるのだ。

これだとかなり節約になる。

それでチューリップがひらいたら

一旦止めて一服する。

全開になったチューリップを

ニンマリしながら煙を燻らすのだ。


まぁ、その後出た

「羽もの」では無理なことだが‥。

ただ、よく横に座ったおっちゃんに

「にいちゃん、パンパン打たんとダメや。」

と、いらんおせっかいを言われた。

このケチケチ打ちで

100円でタバコの2,3個は取れる。

パチンコに飽きたら楽器屋へ。

憧れのシンセやオルガンを

触りまくるのだ。

たまぁ〜に音が出る楽器があると

(普段は繋いでない場合が多い)

EL&PやYESなんかの

コピー出来たとこだけを

偉そーに弾く。

そのうち子供ながら頭を使い出した。

YAMAHAのロゴが入った

ジャンパーを着て

勝手に誰もいないGX-1のあるスタジオに入り

弾きまくるのだ。

たまに係のおねぇ〜さんが覗きに来るが

背中のYAMAHAがものを言う。

「あっ、調整の人ですね。」

とか勝手に決めつけてくれるのだ。

YAMAHA GX-1 は強烈な楽器。

なんとシンセが36台入っていた。

スティーヴィーワンダーの

「キーオブライフ」の中の

ビレッジゲットーランドの音だ!

この曲は中学の頃、ラジオで聞いて

絶対本物のストリングスだと思ってた曲。

実はスティーヴィーのGX-1 の手弾きだった。

それもあって高校生のくせに

偉そうにGX-1を弾きまくっていたのだ。

訳もわからずデタラメに‥。

そうこうしてるうちにレッスンだ。

5分か10分くらいで終わり。

「あら、ちゃんとやってきてね。」

とか言われて終わり。

せめてブルースとか枯葉だったら

真剣にやったのになぁ‥むむむ。

帰りは夜11時頃出発の高山行き。

今は無くなったが鈍行だったかな。

それまでの時間を潰す。

まずは5,6番線にある゛きしめん゛へ。

(ちょっと前、食べたが味が落ちてたな。)

これがメチャクチャ旨かった。

それからは駅の周りをぶらつくしかない。

よくヤクザのおっちゃんに

家出だと間違われ

「うちの組に来い!」

とか言われたな。

あとキオスクでタバコを買うと

絶対乞食のじいさんが来て

「お釣りくれ。」

と言ってきた。

一回お釣りを何十円かやったら

キオスクのおばちゃんに

「お金なんかやらなくていいよ。

あの爺さん、時間が来たら

リムジンのお迎えが来るんだよ。」

と言われてびっくりした。

乞食が趣味の金持ちなのだ。

ちなみにお江戸には乞食はいない。

浮浪者はいるけど物乞いはしない。

プライドがあるのだ。

さて、やっと帰りの時間だ。

持参のラジカセを耳に近づけて

「クリムゾンキングの宮殿」とか

「タルカス」とか

「イエスソングス」とか

「ユーライヤヒープLive」とかを

窓全開で聴きながら帰る。

誰も乗ってない

白熱灯の薄暗い車内は

プログレにはもってこいなのだ。


トンネルなんかもいい感じ。

そんで高山には早朝に着く。

窓を開けっ放しなので

髪型が思いっきり

゛1:9分け゛になっているが

誰もいないので気にせず家に帰る。

よく補導されなかったものだ。

ちゃんちゃん。


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